青空を背景に咲き誇る、八王子のしだれ梅。春の訪れを象徴するアイキャッチ用の風景写真。

八王子、境界線の春。浅川ゆったりロードで拾う、光の断片。

休暇。カメラ。そして、いつもの「浅川ゆったりロード」。
昨日の休みは、見慣れた八王子の街を、ただ光を追いかけて歩いた。
春は、いつも唐突に、けれど静かにやってくる。
冬の重いコートを脱ぎ捨てるように、カメラのシャッターを切る。 そこには、説明不要の「始まり」が写っていた。

八王子の空を編む、白い予兆

仰ぎ見る空、絡まり合う枝の先には、冬の終わりを告げる白い灯火。マンションの入り口に咲くそれは、住人たちの無意識を少しずつ春へと塗り替えていく。整いすぎた幾何学模様よりも、この奔放な曲線の方が、私たちの心拍数にはよく馴染む。見慣れた日常に、静かな「開花宣言」が届いた。

浅川の静寂を撮る、川辺の二重奏

浅川ゆったりロードの主は、いつだって動かない。静寂を身に纏う白鷺の傍らで、鴨たちは世俗的なお喋りに興じている。枯れ色の岸辺に置かれた、たった一点の純白。その「動」と「静」の対比が、冬から春へと移ろう時間の鈍さを象徴している。彼らにとって、季節の変わり目は単なる空腹の質が変わるだけのことかもしれない。

浅川を切り裂く、一筋の純白

浅川の静寂を切り裂く、一筋の純白。冬枯れの景色には、あまりにも不躾なまでの生命力。羽ばたき一つで、凍てついていた空気が解けていく。地上で鴨たちが春を待つ間、自分だけは一足先に、次の季節へと飛び立てることを彼は知っている。八王子の川辺には、そんな贅沢な時間が流れている。

街角の黄色を切り取る、境界線の生命力

金網越しに見る春は、どこか制限されているようでいて、その実、誰の手にも負えないほどの生命力に満ちている。八王子の公園の錆びた緑。そこに灯った黄色い光は、「大切にしましょう」という看板の文句さえも蛇足に思わせる。守られているのは植物か、それとも私たちの心か。答えは、この眩しさの中にしかない。

黄金色に溶ける、家路の境界線

自然の中に見つけた春も、家路につく人々の背中に差す光も、すべては同じ季節の断片。カメラをバッグに収める前の、最後の一枚。帰る場所がある安堵と、撮り足りない微かな感傷。踏切の警報音が、今日の幕を引く合図だった。

シャッターを切るたびに、冬が少しずつ、遠い記憶になっていく。





Equipment
今日の記憶を記録した、相棒たち。
Main Gear
Canon EOS R7
RF-S18-150mm F3.5-6.3 IS STM

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